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仙台家庭裁判所 昭和60年(少)2038号 決定 1985年10月22日

少年 D・H(昭45.10.28生)

主文

この事件については審判を開始しない。

理由

本件送致事実は別紙のとおりであり(但し、明らかに訂正が必要でかつそれが許される部分については若干訂正をした。)、少年が公務執行妨害罪(刑法95条1項)及び傷害罪(同法204条)を犯したとするものである。

一件記録によれば、本件公務執行妨害罪の非行事実存在についての蓋然性は認められるところ、保護者(母親)及び附添人は本件における警察の対応に不満を有するとともに同罪の成立を争つている。そして、調査時における少年の弁解などを考慮すると、今後仮に審判を開き証拠調べを行うならば、同罪の構成要件的事実たる職務執行の適法性を根拠付ける事実の存在について、合理的な疑いを超える確信の心証を得るには至らない可能性がある。

しかし、同罪と観念的競合の関係にある本件傷害罪の成立については、附添人は正当防衛などを主張して争う構えを見せているものの、少年の司法警察員に対する昭和60年9月4日付け供述調書のみならず、少年の調査時における供述(少年は本件傷害罪の成立については弁解しているわけではない。)からも本件傷害罪の成立を否定する事情はうかがわれないのであつて、一件記録によれば当該非行事実の存在について一応合理的な疑いを超える確信に到達できるにとどまらず、新たに証拠調べを実施しても右心証に合理的な疑いを差し挟む可能性はないということができる。

また、本件非行は一時の憤概から偶発的に行われたものにすぎないことは明らかであり、生じた結果は比較的軽微であるということができる。

さらに、本件の発端となつた校内暴力事件と少年は無関係であり、本件非行に至る経緯につき少年ばかりを責められない事情もうかがわれる。そして、少年は、本件非行後においては、本件非行を含め従前の自分の行動に非難されるべき点があつたことについては素直に反省し、高校進学に向けて自重した生活をしており、本件非行前においても、異装などいわゆる「ツツパリ」顕示を見せてはいたが、取り立てて問題を起こすような生徒ではなく、保護者の監護能力も十分に認められる(母親も本件において少年に落度があつたことは認め、少年の指導について配慮していることがうかがわれる。)。したがつて、少年についてはもはや要保護性がないことは確実であるというべきである。 すなわち、要保護性の観点からは審判を開始する必要性は認められないということになる。

ところで、家庭裁判所は司法的機能をも果たさなければならず、少年保護事件(特に保護処分決定を言い渡す場合)においても手続的保障は十分尊重されなければならないことは当然である。しかし、少年保護事件において家庭裁判所が果たすべき福祉的機能に鑑みて、家庭裁判所の合理的裁量の範囲内で手続的保障の弾力的運用がなされてしかるべきであり、このような運用によつてこそ手続的保障が少年に対する教育的効果を上げることにもなるというべきである。

そこで、本件において審判を開始して本件公務執行妨害罪の成否に関して証拠調べを実施しなければならないかどうかについて検討するに、まず、前記のとおり、本件では送致事実の重要部分(傷害)が認められるのであつて、審判が開始され争いのある非行事実(公務執行妨害)が認定されるとしても少年に対してはいかなる保護処分決定も言い渡されえないことは明らかであり、逆に同事実が認定されないとしてもそのことが少年の要保護性の判定について特に影響しないことも明白である。

次に、上記証拠調べを行うということになれば、特に職務執行の適法性をめぐる微妙な事実関係が中心争点となるだけに、かなり煩雑な手続が必要となり、終局決定を言い渡すまでに相当長期間を要することが予想される。しかるところ、前記のとおり少年に再非行のおそれはないこと、少年は中学3年生で高校進学に向けて勉強中であるので、本来心理的安定性が求められる時期であるにもかかわらず、本件の成り行きが気にならざるをえないという状況に置かれていること、本件公務執行妨害罪の成否について少年自身が特に固執しているのではないことなどに鑑みれば、上記証拠調べを実施することが、少年の納得を得ることに役立ち少年に対する教育的効果をもたらすということは期待できず、かえつて少年にとつて望ましくない結果を招来することにさえなるといわざるをえない。したがつて、附添人からは証拠調べのために審判を開始するようにとの要望もあるが、本件のような場合にあつては、家庭裁判所に職権証拠調義務は生じないというべきであるし、審判を開いて証拠調べを行うことは相当でないと考える。

以上のとおりであるから、本件については調査段階における保護的措置により終局すべきであると思料する。

よつて、この事件については審判を開始しないこととし、少年法19条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 大門匡)

別紙

少年は、昭和60年9月3日午後3時20分ころ、仙台市○○×丁目×番×号所在仙台市立○○中学校2階職員室前の廊下付近において、同中学校長からの要請により校内暴力事件の収拾のため臨場した私服の○○警察署巡査部長○○○○に対し、その場に集合した他生徒と共に「お前誰だ帰れ。」などと抗議したことにより、警察官である旨その身分を明らかにした同巡査部長から「用事のない生徒は帰れ。」などと警告を受けた際、「俺達が何をしたつていうのや。逮捕が何だつていうのや。できるならやつてみろ。」などと申し向け、同巡査部長の腕をつかむなどの挙に出たため、生徒の集団から少年を分離し説諭しようとした同巡査部長の顔面を手拳で数回殴打するなどの暴行を加え、もつて同巡査部長の職務の執行を妨害すると共に、右暴行により同人に対し加療約10日間を要する左口唇、口内切創、右下顎打撲の傷害を負わせたものである。

〔参考1〕調査報告書

調査報告書

仙台家庭裁判所

裁判官 ○○○ 殿

昭和60年10月22日

同庁

家庭裁判所調査官 ○○○○

○○○○

昭和60年少第2038号 少年D・H

上記少年に関し、下記のとおり調査したから報告します。

日時     昭和60年10月18日陳述者D・H

少年との関係 職業 中学三年生

場所     当裁判所 住所 宮城県仙台市○○×丁目××~×

陳述の要旨

1. 本件非行時の状况

本件非行当日、私がAとハッピー(B)の喧嘩を知ったのは6時間目の授業中でした。午後2時55分に授業が終わったあと、2階に様子を見に行くと、Aが放送室の扉を蹴っいたので、ハッピーは放送室にいるのかなと思い、校庭に出て、放送室を下から見上げて、「ハッピー」と声をかけたけれども返事はありませんでした。

学活の時間になり、教室に戻ろうと、昇降口に行った時、学校の前にパトカーが止まっていて制服の警官が立っていたので、

「何しに来たんですか」

と丁寧にきいたところ

「用事があって来た」

との返事でした。

一度学活に出るため教室に戻り、学活終了後、気になったので友だちと一緒にまたAとハッピーの様子を見に行きました。

校内の雰囲気は普段よりはかなりざわついていたと思います。

どうして警察が来たのか、わけがわからなかったので、昇降口にいた○○先生に、その理由をきいてみたのですが、「わからない」と言っていました。

そこへAが「警察に連れて行かれる」と叫びながら降りて来たのです。それで、○○先生やみんなと一緒に2階に行き、○○先生は職員室の前でAをなだめはじめたのですが、そのころ私は、一緒にいた同級生のCに「警察は校長が呼んだ」と知らされたのです。

先生が警察を呼んだという話をきいて、私は次第に腹が立って来ました。というのは、中学校2年生のとき、私や私の友だちが上級生から度々金銭を強要されたことがあって、先生に、どうにかして下さいと訴えたことが何回かあったのですが、その時の話では、学校では警察には知らせないという態度だったはずだったからです。今回警察を呼んだというのでは全然話が違うという気持ちでした。

そのとき私服の警察官(その時ははっきり警察官だとはわからなかった)が4名来て、そこに集まって口々に騒いでいた私たちに「○署から来た者だ」ということを告げたあと職員室に入って行きましたが、一番後ろにいた警察官(あとで○○巡査部長という名を知った)に対してD(同級生)が

「そんな言い方ってねえべや」

と叫んだのです。

あとから聞いたのですが、このとき○○巡査部長は

「ろくでなしは皆、つかまればいいんだ」

とか言ったということで、Dはその言葉に反発したようなのです。Dの言葉を聞いた○○巡査部長は、一歩廊下に出て来て、Dに向って

「名前は何と言うのや」

と言いながら近寄って、少し見えにくくなるように腰に付けていたDの名札を読もうとしたのです。Dは読まれまいとして一歩退いたようでしたが、私もそばで見ていて腹が立っていたので、前に一歩進みながら、ポケットに手を入れて、肩をいからせて顔を前につき出した格好で50cmから60cm位離れたところにいた○○巡査部長に

「○署が何しに来たのや」

と大声で言ったのです。

すると、○○巡査部長は、

「何だ その態度は」

と言っていきなり私の開襟シャツの胸ぐらを両手でつかみ、横向きにききずるような感じで職員室の向いにある教材室の中に私を連れ込もうとしたのです。

私は、○○巡査部長につかまれた時に、自分もつかみ返したかどうかは覚えていませんが、教材室に連れ込まれては自分が不利だと思い、扉に手をかけて、入れられまいとしました。しかし、強くひっぱられたので、教材室の中に入れられてしまい、私はしりもちと手をついたような気がします。ころんだのか、ころばされたのかははっきりと覚えていませんが、すぐに立ち上がったということははっきり覚えています。すぐに立ち上がり、お互いに体をふれあわない状態で向い合って50cmから60cm位の距離で対峙しました。

その時私は、無理遣り教材室に連れ込まれたことに腹が立ち、思わず右手のこぶしで○○巡査部長の左顔面を一発殴ったのです。その暴行で○○巡査部長の顔面、口のあたりから血が出たかどうかはわかりません。すぐに私は足払いをかけられて倒されてしまいました。それで夢中で離れようと、足で2回○○巡査部長を蹴かえしました。1発は顔に当たりましたが、2発目は耳のあたりをかすっただけでした。○○巡査部長に自分がどのようにされたかは全くわかりませんが、あとから友だちに聞いた話で、○○巡査部長に膝で顔面をゴリゴリやられたということがわかりました。

手をうしろに組まれて、教材室から連れ出されるとき、私の顔がはれて痛いのに気づき、自分もやられたということがわかりました。

2. 本件非行に対する意向

私のやったことについては、相手にけがをさせてしまったのですから、『傷害』というのは仕方ないと思いますが、○○巡査部長が先に私を教材室に連れ込んだのですから『公務執行妨害』というのは納得がいきません。

この点裁判所で白黒をはっきりさせてもらいたいという気持ちはありますが、そのために何度も裁判所に呼ばれるというのでしたら、むしろ早く終わらせてもらいたいという気持ちのほうが強いのです。

私は来年高校に進学したいですし、今は落着いて勉強に励みたいのです。もうこれ以上さわがれたくありません。私の気持ちをどうか酌み取って下さい。

以 上

〔参考2〕調査報告書

調査報告書

仙台家庭裁判所

裁判官 ○○○ 殿

昭和60年10月22日

同 庁

家庭裁判所調査官 ○○○○

○○○○

昭和60年少第2038号 少年 D・H

上記少年に関し、下記のとおり調査したから報告します。

日時     昭和60年10月18日 陳述者 D・T子

少年との関係 母 職業 ○○仙台店勤務

場所 当裁判所  住所 宮城県仙台市○○×丁目××~×

陳述の要旨

1. 本件非行に対する意向

私は今度の事件について、警察官を息子が殴ったということで、本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。しかし、その後息子の友だちや、息子自身にこの事件の詳細を聞くに及んで、『傷害』はともかく、『公務執行妨害』というのはひどすぎるという気持ちになって来ました。

警察の人からは、「保護観察が少年院に送られる可能性もある」と聞かされましたし、このような納得いかない形で保護処分にされたのでは余りにも息子が可哀相だと思い、私では法律のことはまるっきりわかりませんので、弁護士さんにお願いしようという気持ちになったのです。

この事件が『公務執行妨害』になるのかどうか息子も気にしているところだと思います。裁判所では本当のことがわかると思い、あとは待つだけという気持ちが強いのです。多少時間がかかっても、『公務執行妨害』の点は是非真実をはっきりさせて戴きたいと思います。うやむやにするのは良くないと考えますから。息子のためにどうかよろしくお願いします。

以 上

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